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東京地方裁判所 平成4年(ワ)5236号 判決

原告 株式会社ベルハンドクラブ

右代表者代表取締役 浅見掌吉

右訴訟代理人弁護士 榎本孝芳

被告 国

右代表者法務大臣 後藤田正晴

右指定代理人 池本壽美子

藤村泰雄

堀越英司

赤間覚

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の船舶の引渡しをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  本件船舶引渡請求について

1  訴外会社が平成三年六月一〇日当時本件船舶を所有していたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫及び証人丸西輝男の証言によれば、原告が訴外会社から右同日本件船舶を買い受けたことを認めることができる。

2(一)  原告が訴外会社から、平成三年七月一日、本件船舶の引渡し(本件船舶に対する現実直接の支配力の移転)を受けたことを認めるに足りる的確な証拠はない(原告代表者尋問の結果及び証人杉本秀一の証言によれば、原告代表者が、平成三年七月ころ、朝日海洋シーボニア事業所に赴き、本件船舶の鍵を右事業所から預って、本件船舶に乗船したことが認められるものの、後記のとおりそれ以後も朝日海洋が本件船舶を保管していたことに変りなく、原告からの依頼に基づく保管に変更されたものでもないから、右事実は原告への現実の占有移転―引渡し―があったものと評価するには足らず、また、引渡しの事実を推認させるものでもない。)。

(二)(1)  ≪証拠省略≫によれば、原告代表者浅見掌吉と訴外会社代表者丸西とは、平成三年九月二二日、朝日海洋シーボニア事業所を訪れ、同事業所長の杉本に対し、浅見において、本件船舶の所有者は既に自己のものになったと告げたこと、その際、丸西はこれに対し何ら異議を挿まなかったこと、丸西においても、訴外会社と朝日海洋との間の舟艇艇置契約の契約名義人を原告に変更し、今後は原告のために保管してもらいたいとの趣旨に受けとれる依頼をした事実が認められる。

ところで、動産物権変動の対抗要件としての指図による占有移転における、譲渡人(代理占有者、間接占有者)から占有代理人(直接占有者)に対する「爾後第三者の為に其物を占有すべき旨を命じ」(民法一八四条)ることの趣旨は、要するに、占有代理人に対して誰のために占有しているのかを知らせるものにすぎず、それによって当然に譲渡人・占有代理人間の契約関係が譲受人・占有代理人間の契約関係として存続する効果を生じるものではないから、譲渡人の右命令に対する占有代理人の承諾は不要であり、右命令の内容としても、少なくとも、占有代理人において、代理占有者が当該動産を特定の第三者に譲渡したことを知り得るものであれば足りるものと解される。

これを本件について見ると、前記認定の事実によれば、訴外会社は、朝日海洋に対し、民法一八四条の規定にいう以後原告のために本件船舶を占有すべき旨を命じたものと認めるのが相当である。

また、右事実によれば、原告は、指図による占有移転により引渡しを受けることを承諾(少なくとも、黙示の)したものと認められる。

(2) これに対し、被告は、訴外会社は右指図を撤回したと主張する。

確かに、≪証拠省略≫によれば、

ア 朝日海洋と訴外会社間の平成三年三月五日付け舟艇艇置契約には、契約期間中、一親等の親族間の所有者の変更以外は、原則として訴外会社から他の者への所有者の変更を認めないとの規定があること、

イ そのため、杉本は、原告らからの前記名義変更の申し入れを拒絶し、逆に、丸西に対し、本件船舶の所有者が変った以上、契約継続はできないとして、解約届の提出及び本件船舶の搬出を求めたこと、

ウ これに応じ、丸西は、同年九月二二日、所定の解約届書に訴外会社の記名押印をし、杉本に交付したこと、右解約届書には、訴外会社において二週間を経過しても搬出しなかった場合は、朝日海洋において廃棄処分してもよい旨の記載があること、

エ 朝日海洋は、同年同月二四日付けで、訴外会社宛に、右解約届を受理する旨を通知したこと、

等の事実が認められる。

しかし、丸西が、右解約届書提出に当たり、原告への本件船舶の譲渡をも中止する旨を杉本に対し表明したことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、証人杉本の証言によれば、丸西において解約後は訴外会社のために保管してもらいたいと明確に告げたわけでもないことが認められるから、右アないしエの事実をもって、丸西が朝日海洋に対する占有移転の指図を撤回したものと推認することはできない。他には、右事実を認めるに足りる証拠はない。

3  被告が訴外会社に対する滞納処分として、平成三年九月二五日、本件船舶を差押えたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、当時、被告が訴外会社に対し、既に納期限を経過した七億四七一八万円の国税債権を有していたこと、その徴収のために本件差押えをしたことが認められる。

なお、被告は、本件差押処分が取消訴訟において取り消されていないから、原告は被告に対し、本件船舶の引渡しを求めることができないと主張する。

しかし、本訴請求の実質的争点は、行政処分たる本件差押処分の有効無効にあるのではなく、原告の本件船舶譲受と被告の本件差押えのどちらが優先するか(対抗要件具備の先後)にあるにすぎないから、このような場合には、右処分の取消しないしは無効確認を訴求することを要しないと解するのが相当であり(訟務資料二九一―二七〇第二三四頁参照)、また、そもそも滞納処分においてその目的物件の所有者を誤ることは、その実体面において最も基本的かつ重大な誤りであるというべきであって、当該行政処分は当然無効と解するのが相当である(名古屋高等裁判所金沢支部昭和二八年一二月二五日判決・最高裁判所民事判例集一四巻四号六九〇頁参照)から、いずれにしろ被告の主張は採用できない。

4  以上の事実によれば、原告の被告に対する本件船舶引渡請求は理由がある。(なお、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、八木原は、本件差押えに当たり、朝日海洋に対し本件船舶の保管を命じ、それ以来朝日海洋において保管しており、被告においては、本件船舶を代理占有しているにすぎないことが認められるが、朝日海洋は、被告に対し、本件船舶を引渡すべき義務を負っていることが明らかであるから、民事執行法一七〇条の規定による執行が可能であると考えられるので、原告は被告に対し、本件船舶の現実の引渡しを求められるものと解される。)

二  損害賠償請求について

1  請求原因1ないし3についての判断、説示は、前記一記載のとおりである。

2  そこで、請求原因4(八木原の故意、過失)について検討する。

(一)  八木原が、本件差押えをするに際し、本件船舶が原告に譲渡され、かつ、対抗要件が具備されていた事実を認識していたことを認めるに足りる証拠ない。

(二)  前記当事者間に争いがない事実と≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、前記一2(二)(2)に判示した事実のほか、次の事実を認めることができ、≪証拠省略≫の供述記載及び原告代表者の供述中右認定に反する部分は、証人杉本の証言に照らして採用できない。

(1) 東京国税局大蔵事務官八木原は、本件船舶の差押えに当たり、杉本から、①数日前、訴外会社の丸西が人を連れて来て、本件船舶を譲渡したことを理由に艇置契約の名義変更を求めたが、これを断ったこと、②朝日海洋は、訴外会社との舟艇艇置契約を解約し、本件船舶をその引取りまで暫定的に保管している旨の説明を受けた。

(2) しかし、杉本は、訴外会社に対する滞納処分として本件船舶を差押えることに全く異議を述べず、その際、杉本から八木原に示された解約届書には、本件船舶を原告が引き取ることを窺わせる記載は全くなかった。

しかも、杉本も、前記のとおりの契約条項等から、本件船舶は訴外会社のために保管しているものであり、その所有権譲渡に伴い右艇置契約を解約した後もそれに変りはないと考えていたため、原告のために保管するという認識は全く持っていなかったこと、したがって、八木原に対しても、あくまで訴外会社のために保管中であるとの説明がされただけであった。また、朝日海洋においても、右艇置契約解約に伴う本件船舶の搬出・清算関係については、専ら訴外会社との間で処理する前提であり、その旨を平成三年九月二四日付けで、訴外会社に通知している。

(3) また、朝日海洋から訴外会社への電話連絡によって本件差押えを知った原告代表者の浅見は、右当日、電話を通じて、八木原と会話したが、その際告げたことは、本件船舶の所有者が原告に変っていること、船籍票につき、原告への名義変更を受けたとの趣旨のみであって、訴外会社から朝日海洋に対する占有移転の指図がされ対抗要件を具備したことについては全く付言されなかった。

(4) なお、原告ないし訴外会社は、朝日海洋に対し、本件船舶の所有者の変更を申し入れた際には、その売買契約書≪証拠省略≫はもちろん右船籍票(≪証拠省略≫―平成三年九月一三日付けで、所有者として原告の名義が記載されている。)も示したことがなく、したがって、本件差押えに際し、八木原に示されたこともない。

ところで、公務員として滞納処分に当たる者は、差押えの目的物が納税者の所有に属するか否かについて相当な注意をはらって調査する義務のあることはいうまでもないところであるが、動産の差押えについては、ことの性格上執行確保のためにはかなり早急な判断が要求されるものであること等を考量すると、右認定の事実関係のもとで、八木原が、本件差押えに際し、原告において対抗要件を未だ具備していないものと判断したについては無理からぬ点があったというべきであり、同人に過失があったものと認めることはできない。

他には、八木原に過失があった事実を認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、その余の点について判断を進めるまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。

三  以上の次第で、本訴請求は、本件船舶の引渡しを求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

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